日本では、ひとり親として子どもを育てるシングルマザーが経済的困窮に陥りやすい傾向があります。そうしたシングルマザーの中には最後のセーフティーネットである生活保護を利用して最低限の暮らしを維持している方も少なくありません。
しかし一方で、「生活保護を受けているシングルマザーは働かない」「働かずに楽をしているのでは?」という誤解や偏見の目が向けられることもあります。さらにインターネットやSNSでは「低収入で働くより生活保護のほうが得だ」という声も見られ、働かない方がメリットが大きいと語られることがあります。
果たしてこうした見方は正しいのでしょうか?
本記事では 「生活保護のシングルマザーは本当に働かないのか」、そして 「働かない方が得」と言われる背景にある理由 を詳しく解説します。
生活保護のシングルマザーは働かない?
結論から言えば、「生活保護を受けているシングルマザーが怠けて働かない」というイメージは誤解です。生活保護制度では、働ける能力がある人にはその能力を活用して生活することが前提とされています。健康で就労可能な状況にあるにもかかわらず「ただ働きたくない」という理由だけでは生活保護の受給は認められず、まずは 可能な範囲で働くよう行政から求められるのが一般的 です。
実際に、パートであっても収入が最低生活費を下回っていれば生活保護の併用受給は可能ですが、正社員になって収入が基準を上回れば生活保護は支給停止・廃止となります。このように制度上は「働けるのに働かず生活保護に甘える」ことは想定されていません。
では、なぜ「生活保護のシングルマザーは働かない」と見られがちなのでしょうか。その背景には、シングルマザー特有の就労困難な事情があります。例えば以下のようなケースです。
理由 | 詳細 | 参考 |
---|---|---|
子どもを預けられず働けない | 子どもが幼い場合、保育園に預ける必要があるが、都市部を中心に待機児童問題が深刻で入園できないことがある。親族の協力も得られず、やむなく生活保護を利用するケース。 | aoilaw.or.jp |
母親自身が病気・障害を抱えている | 育児・家事を一人で担う負担からうつ病や不安障害などのメンタル不調、慢性疾患・障害を抱えることも。医師から就労を止められ、収入が得られず生活保護に頼らざるを得ない。 | aoilaw.or.jp |
一生懸命働いても収入不足 | パートや非正規雇用では収入が生活保護基準を下回ることが多い。日本のシングルマザー世帯の約8割は年収400万円未満、最も多い層は100〜200万円未満。生活費は年間300万円程度必要との統計も。 | aoilaw.or.jp |
養育費が受け取れない | 離婚や別離後、父親からの養育費が支払われないケースが多い。本来子どもの養育に使えるはずの収入がなくなり、生活保護の必要性が高まる。 | aoilaw.or.jp |
以上のように、生活保護を利用しているシングルマザーが必ずしも「怠けて働かない」のではなく、育児環境や健康上の制約、雇用環境の厳しさといった理由で「働きたくても働けない」「働いても生活が成り立たない」場合が多いのです。生活保護はそうした事情で困窮する母子家庭に最低限の生活を保障する大切な制度であり、「利用している=甘え」という単純な図式で非難すべきではありません。
生活保護のシングルマザーは働かない方が得と言われる理由
一部では「低賃金で働くより生活保護を受けた方が手取りが多く、シングルマザーは働かない方が得だ」と語られることがあります。
確かに、生活保護には働かずとも最低限度の生活が保障される仕組みがあり、収入の低い仕事よりも経済的に有利になる場合があるのも事実です。ここからは、「働かない方が得」と言われる主な理由3つを説明します。
理由1: 働かなくても最低限の生活が保障されるため
生活保護は経済的に困窮する人に国が最低限度の生活を保障する制度です。そのため、仕事をしなくても一定水準の生活費が支給される安心感があります。「働かなくても生活できる」という保障自体が、人によっては働く意欲よりも魅力的に映り、「それなら無理に働かない方が得だ」という考え方につながることがあります。
実際、生活保護受給中に働いて収入が増えるとその分保護費が減額されますので、働いても手取りが大きく増えるわけではありません。極端に言えば、働かなくても収入がゼロになる心配はなく、生存権が保障される点が「働かない方が得」と感じさせる一因になっています。
特に、母子家庭の場合は生活費に加えて「母子加算」といった追加支給も受けられるため、単身者より手厚い保護内容になっています。これも「母子家庭なら働かなくても必要なお金はもらえる」という印象を与えやすいでしょう。
もっとも、生活保護で保障されるのはあくまで最低限度の生活であり、決して贅沢や余裕のある暮らしではありません。支給額は地域や世帯人数によって異なりますが、例えば単身世帯なら月10万円前後になることもあります。
これは「健康で文化的な最低限度」の水準であって、娯楽や貯蓄まで賄える額ではありません。生活保護だけで長期にわたり豊かな暮らしを続けるのは難しいため、「働かなくても生活できる」という理由だけで安易に選択すれば後悔する可能性がある点には注意が必要です。
理由2: 低賃金の仕事より手取りが多くなる場合があるため
「働くより生活保護の方が手取りが多い」と指摘される大きな理由がこちらです。特にフルタイムで働いても年収が極めて低い職場や、サービス残業が横行して実質的な最低賃金割れとなっているブラック企業で働くような場合、生活保護による支給額の方が結果的に手元に残るお金が多くなるケースがあります。
全国平均の最低賃金は時給1,000円強ですが、非正規雇用や不安定な仕事では月収が生活保護水準を下回りかねません。一方、母子家庭で生活保護を受けると生活扶助に加えて母子加算や住宅扶助・医療扶助も受けられるため、月当たりにすれば相当な金額のサポートになります。
例えば家賃補助(住宅扶助)は地域ごとに定められた上限額まで実費が支給されますし、医療費は医療扶助によって自己負担なく必要な治療を受けられます。これらを合計すると、場合によっては手取り月収15〜20万円程度の仕事より生活保護+扶助の方が実質的な受け取り価値が高いことも考えられます。
実際、「働いて収入を得ても、保護費がその分減らされるので頑張る意味がない」と感じてしまう受給者もいます。特に子育て中でフルタイム勤務が難しいシングルマザーにとって、低賃金で働き家事育児との両立に苦しむより、生活保護で最低限度の収入を得た方が家計も時間的余裕も確保しやすいという側面は否めません。こうした現実が「働かない方がかえって得」という言説に繋がっているのです。
しかし留意すべきは、生活保護の支給額はあくまで最低限度であり余裕はないこと、そして働かずにいることでキャリアやスキルが蓄積せず将来の選択肢が狭まるリスクがあることです。安易に生活保護だけに頼る生活を選ぶと、いざ子どもが大きくなった後に就職しようとしてもブランクのために困難を極めるケースもあります。目先の手取り額だけでなく、長期的な自立の観点からも冷静に判断する必要があるでしょう。
理由3: 住宅扶助や医療扶助などで生活コストが大幅に軽減されるため
生活保護受給中は家賃や医療費、教育費など様々な費用について公的扶助が受けられます。その手厚い扶助のおかげで「働いて自活するより生活保護の方が楽だ」と感じる人も少なくありません。具体的に生活保護で受けられる扶助の種類は次のとおりです。
- 生活扶助: 食費・衣類・光熱費など日常生活に必要な費用が支給される
- 住宅扶助: 賃貸住宅の家賃は地域ごとの上限額まで実費が支給される
- 教育扶助: 子どもの学用品費や給食費、クラブ活動費など義務教育に必要な費用が支給される
- 医療扶助: 医療費は福祉事務所から医療機関へ直接支払われ、自己負担なく診療を受けられる
- 介護扶助: 介護サービス費用も自己負担なしで受けられる(事業者に自治体が支払い)
- 出産扶助: 分娩費用も基準額内で支給される
- 生業扶助: 就労に必要な技能習得や就職準備の費用が支給される
- 葬祭扶助: 受給者が亡くなった際の葬儀費用も基準内で支給される
このように生活保護を受けることで多方面の費用負担が公費で賄われるため、可処分所得(自由に使えるお金)が実質的に増えることになります。「収入は少なくても、住居費も医療費もかからない生活保護の方が楽だ」との声が出る背景には、これら扶助の存在があります。
医療扶助によって医療費が全額公費負担になる点は大きく、病気になっても医療費負担を気にせず受診できる安心感は、低収入で国民健康保険料や医療費を負担している生活と比べて精神的な余裕を生みます。
もっとも、扶助にはそれぞれ支給基準があり無制限ではありません。例えば住宅扶助には地域ごとの家賃上限があるため、希望通りの広さや新しさの物件に住めるとは限りません。医療扶助も必要な医療以外(美容整形や自由診療など)は対象外です。
扶助があるとはいえ生活保護には一定の制約も伴うため、「何もしなくても好き放題に公的給付を使える」というのは誤ったイメージです。実際には生活保護費の使途にも制限があり、ギャンブルや贅沢品購入、借金返済などに充てることは認められていません。生活保護はあくまで最低限の生活を支える制度であって、自由に使えるお金が潤沢にもらえるわけではない点に注意が必要です。
生活保護が打ち切られる要因
「それなら働かず生活保護をもらい続ければいい」と考えるのは危険です。生活保護には支給停止・廃止となる明確な要因が存在します。ここからは、生活保護が打ち切られる主な要因3つを解説します。生活保護を利用する上で何に気を付けるべきか、あらかじめ把握しておきましょう。
要因1: 就労や収入増加により最低生活費を超えた場合(経済的自立)
生活保護はあくまで収入が基準以下の世帯に不足分を支給する制度です。そのため、受給中に収入が安定して最低生活費を上回るようになれば生活保護は廃止(打ち切り)となります。就職や転職によって収入が基準額を超えた場合や、同居家族が就労して世帯収入が増えた場合などが典型です。
またシングルマザー世帯では、再婚や親族からの援助開始によって生計維持者が増えた場合も収入増とみなされ保護終了につながります。自治体のケースワーカーは定期的に収入状況を確認しており、給与明細や銀行口座の提出等を通じて収入が最低生活費を超えれば速やかに保護廃止の手続きが取られます。
厚生労働省の統計でも、生活保護を脱却する理由として「経済的自立」(収入増による保護卒業)が全体の約17%を占めると報告されています。これは生活保護の理想的な終了理由ですが、裏を返せば収入さえ基準を超えれば制度上は自動的に打ち切られるということです。
したがって「働かない方が得」と言って何年も生活保護に留まることはできず、収入が基準に達した時点で確実に保護は終わる点を理解しておかなければなりません。
要因2: 就労指導に従わない・義務を履行しない場合
生活保護受給者には、できる限り自立に向けて努力する義務があります。特に働く能力のある人についてはハローワークでの求職活動や就労訓練への参加など「就労指導」に従うよう求められます。
ケースワーカーから働けると判断されたのに求職活動を行わない、紹介された仕事を理由なく断り続けるといった場合、生活保護の支給停止(ひいては廃止)措置が取られることがあります。実際、「働く意思が全くない」と見なされれば支給停止や打ち切りの対象になり得ることは公的にも示されています。
また、収入・資産状況の報告義務や、扶養可能な親族がいれば役所の調査に協力する義務など、生活保護受給中に遵守すべきルールも定められています。これらの義務を怠ったり役所の指示に非協力的な態度を続けたりすると、「自立更生の意思なし」と判断され保護が止められるケースがあります。
具体的には、収入申告書や資産報告を期限まで提出しない、家庭訪問や面談を拒否するといった行為は大きなリスクです。生活保護制度は権利であると同時に義務も伴うものなので、受給中はルールに従い真摯に自立へ向けた努力を続ける必要があります。
要因3: 虚偽申告や不正受給が発覚した場合
生活保護の利用において最も深刻な打ち切り理由が不正受給の発覚です。具体的には、本来申告すべき収入や資産を隠していたり、嘘の申請をして本来受け取れないはずの保護費を受給していたことが発覚した場合です。
例えば、働いて収入があるのに無職と偽って申請する、援助してくれる親族がいるのに「援助者なし」と虚偽申告する、預貯金や不動産を隠し持ちながら申請する、といった行為は不正受給に該当します。
不正受給が明らかになれば、生活保護法に基づき保護は即座に廃止され、受給者は不正に受け取った保護費の返還を求められます。悪質な場合は詐欺罪など刑事告発されるケースもあります。
厚生労働省の公表資料でも、不正受給は生活保護廃止理由の一つとして挙げられており、自治体は日常的に収入の照会や資産調査を行って不正の摘発に努めています。不正は必ず露見するものと心得て、生活保護を利用する際は収入・資産を正直に申告し、ルールを厳守することが大切です。
経済的に自立したいときはどうすればよいのか?
生活保護は困窮時に誰でも利用できる権利ですが、将来的には自分の稼ぎで生活できるよう 経済的自立 を目指すことが理想です。ではシングルマザーが生活保護から脱却し、自立を勝ち取るためにはどうすれば良いのでしょうか。ここでは、母子家庭の自立を支援する制度や具体的なステップを紹介します。
施策・行動 | 内容 | 主な給付・支援 | 相談先・窓口 | 備考 / 参考URL |
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自治体の自立支援プログラムを活用 |
各自治体の福祉事務所に配置される母子自立支援員が、状況に応じた自立支援プログラムを策定。 ハローワークや母子家庭等就業・自立支援センターと連携し、就職・職業訓練・資格取得を包括支援。 |
就労相談 職業紹介 訓練案内 制度申請サポート | 自治体 福祉事務所 / ひとり親相談窓口 / ハローワーク | cfa.go.jp |
職業訓練や資格取得支援を受ける |
収入安定へスキルアップ。自立支援教育訓練給付金や高等職業訓練促進給付金で学習費・生活費を支援。 例:看護師・保育士・介護福祉士など就職に有利な資格取得を後押し。 |
受講料補助 月額支給(例:最大10万円 ※条件) 訓練受講給付金 | 自治体 ひとり親支援窓口 / ハローワーク / 就業・自立支援センター | cfa.go.jp |
各種手当・相談先をフル活用 |
児童扶養手当・児童育成手当・住宅確保給付金等で生活基盤を整備。 ひとり親家庭支援センター・社協・NPOで就労相談・メンタル支援・一時保育情報など多角支援。 |
各種手当 家賃サポート 相談・同行支援 一時保育 | 自治体窓口 / 社会福祉協議会 / ひとり親支援センター / NPO | cfa.go.jp |
家計管理と計画を見直す |
FP相談で固定費の見直し・教育費/住居費の長期計画を策定。 自治体や民間の無料家計相談を活用して将来設計を明確化。 |
家計診断 保険・ローン見直し 貯蓄計画 | 自治体相談窓口 / 社協 / FP(民間) | money-career.com |
このように、生活保護からの自立には行政・専門機関の支援を賢く使うことが不可欠です。一足飛びに高収入の仕事に就くのは難しくても、段階的にスキルアップし収入を増やしていけば、やがて生活保護基準を上回る生活が実現できるでしょう。もちろん子育てと仕事の両立は簡単ではありませんが、国や自治体も多方面からサポート策を講じています。自立したいという意欲があるなら、決して孤立せず支援の手を借りながら一歩ずつ進んでみてください。
まとめ
生活保護のシングルマザーが「働かない」のは決して怠惰によるものではなく、保育環境の不足や健康上の問題、低収入労働の現実など様々な要因が背景にあります。「働かない方が得」と言われる理由も、最低限度の生活保障や各種扶助により一時的に経済的メリットがあるからですが、その反面、長期的には支給停止のリスクやキャリア形成の遅れといったデメリットも大きいことを見てきました。
生活保護制度はあくまで必要な人の自立を助けるためのものであり、安易に永続利用できるものではありません。実際、収入が基準を超えれば保護は打ち切られますし、働く意思がないと判断されれば支給停止につながります。制度の趣旨を正しく理解し、権利と義務のバランスを踏まえた上で利用することが重要です。
シングルマザーが経済的に自立するまでには困難も伴いますが、国や自治体には多くの支援策が用意されています。経験・専門性・公的権威のある情報源によると、自立支援プログラムや職業訓練給付金などを活用し、適切なサポートを受ければ十分に生活保護から卒業できる可能性があるとされています。
現に年間数千世帯規模で生活保護を脱却する母子世帯が存在しています。大切なのは、今困難な状況にあっても将来を諦めず、一人で抱え込まずに支援を受けることです。生活保護はあなたとお子さんの命と暮らしを守るセーフティーネットです。
そして、それを足がかりに少しずつ生活再建への道を進んでいけば、必ずや経済的自立という目標に近づけるでしょう。困ったときは遠慮せず専門家や行政に相談し、あなたのペースで未来を切り拓いてください。社会全体がその歩みを支える仕組みを用意して待っています。
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