日本では母子家庭の多くが経済的に厳しい状況に置かれています。厚生労働省の調査によれば、母子家庭の母自身の平均年収は約236万円程度で、日本全体の平均年収の半分ほどしかありません。
こうした収入の低さから生活が成り立たず、国の生活保護制度によって最低限度の生活を保障されている家庭も存在します。生活保護は日本国憲法25条に基づく制度で、困窮する国民に健康で文化的な最低限の生活を保証するセーフティーネットです。実際、全国の母子世帯約119万世帯のうち生活保護を利用しているのは5~9%程度であり、決して大多数ではありません。
それにもかかわらず、インターネット上では「母子家庭で生活保護をもらうのはずるい」「働かずに税金で暮らしていて不公平だ」といった声が散見されます。
本記事では、母子家庭が生活保護を受給することが「ずるい」と言われる主な理由を検証し、あわせて生活保護受給のメリット・デメリット、そして生活保護を受けて働かない人の心理について詳しく解説します。最後に、生活保護は母子家庭の自立を支える仕組みになり得るのか考察します。
母子家庭が受給可能な生活保護の費用
まず、母子家庭が生活保護で受給できる支援内容とその金額を押さえておきましょう。生活保護では世帯の人数や地域に応じて「最低生活費」が定められ、その不足分が支給されます。
母子家庭の場合でも特別扱いではなく、基本的な支給項目は他の世帯と同じです。ただし、母子世帯には追加の加算が設けられており、子どものいるひとり親世帯は生活扶助に加えて「母子加算」や「児童養育加算」などを受けることができます。これらは子育てに必要な生活費を上乗せ支援するものです。
例えば、東京23区の母子家庭(母1人・子1人世帯)を想定すると、生活費にあたる生活扶助基準額が約12万円、家賃補助である住宅扶助は上限6万4000円、さらに児童養育加算が1人当たり1万0,190円(全国一律)、母子加算が子1人で1万8,800円(1級地の場合)支給されます。
これらを合計すると、月あたり約20万円前後が支給される計算になります。実際、政令指定都市など主要都市における母子2人世帯の生活保護支給額は、地域差はあるものの月18万円台から21万円程度に収まっています。
なお、生活保護と併用されることの多い児童扶養手当については、生活保護受給時には収入として認定されます。ただし、その場合でも母子加算が付くため、児童扶養手当を受けていない一般世帯より結果的に高い最低生活費が保障されます。
子どもの教育費については教育扶助によって学用品費や給食費などが支給され、義務教育の機会が確保されます。医療費も医療扶助により自己負担なしで受診可能です。このように、生活保護は母子家庭の暮らしを総合的に下支えする制度となっています。
母子家庭の生活保護がずるいと言われる理由
母子家庭が生活保護を受給していることに対し、「ずるい」「不公平だ」といった声が上がる背景には、いくつかの固定観念や誤解があります。ここでは、世間で指摘される主な3つの「ずるい」理由について解説します。
理由1: 「勝手に離婚したのに税金で支援を受けるのはおかしい」という偏見
ひとつ目の理由は、母子家庭になった経緯への偏見です。「配偶者と死別したわけでもなく自分の意思で離婚してシングルマザーになったのだから、その結果生じた困窮は自己責任であり、公的扶助に頼るのはずるい」という主張がネット上で見受けられます。
つまり、「勝手に離婚したのに各種手当や給付金をもらっているのはおかしい」という批判です。
しかし、このような見方には大きな誤解があります。離婚に至る事情は家庭それぞれで異なり、実際にはDV(ドメスティックバイオレンス)や経済的虐待などやむを得ない理由でシングルマザーになったケースが少なくありません。
司法統計によれば、離婚調停の申立理由で最も多いのは「精神的または身体的な虐待」であり、経済的な理由(生活費を渡さない・浪費)もそれに次いでいます。決して「気まぐれで離婚した人ばかり」というわけではないのです。
理由2: 「母子家庭は手当や減免が多く優遇されている」という誤解
二つ目の理由として、母子家庭はいろいろな給付金や減免措置を受けられて恵まれているという見方があります。「ひとり親だからといって児童手当や児童扶養手当、生活保護まで色々もらってずるい」「医療費や税金も免除されていて優遇されすぎだ」という指摘です。
たしかに、母子家庭は、子育てや生活安定のために複数の公的支援制度の対象となります。しかし、それらの支援総額が特別に高額なわけではなく、あくまで最低限度の生活を維持する水準に留まっています。
前述の通り、生活保護の支給額は母子2人世帯で月20万円前後であり、決して贅沢ができる余裕のある金額ではありません。児童扶養手当(月最大4万円程度)や児童手当(月1~1.5万円程度)を合算したとしても、一般の平均的な世帯収入には遠く及ばないのが現状です。
また、「母子家庭=何でも支援してもらえる」というイメージも誤解です。生活保護の受給には厳格な条件と調査があり、誰でも簡単にもらえるわけではありません。収入や資産が基準を下回って初めて保護が適用されるため、働いて収入を確保できているひとり親家庭はそもそも対象外です。
事実、母子世帯全体のうち生活保護を受けている世帯は約1割に満たず、残りの9割近くは公的扶助に頼らず懸命に自活しているのです。
理由3: 「働かず税金で生活しているのは不公平」という批判
三つ目の理由は、働かずに生活していることへの反感です。生活保護全般に対する批判として昔から根強いのが、「まじめに働いて納税している人がいる一方で、働けるのに働かず税金に頼って生活するのはずるい」というものです。
「シングルマザーでも必死に働いている人がいるのに、生活保護を受けているなんて怠けている」という声もあります。当然、働ける状況にある人が意図的に労働を避けているのであれば問題ですが、母子家庭で生活保護を受けているケースでは「働きたくても働けない」事情があることに留意すべきです。
小さな子どもを抱えていたり、自身の健康上の問題を抱えていたりして十分に働けないために、やむなく生活保護を利用している母親も少なくありません。「子どもが乳幼児で預け先がなくフルタイム就労は無理」「病気で働けず収入がゼロ」といった場合、生活保護以外に生活手段がないのは想像に難くないでしょう。
また、一部には生活保護費を不正受給するような悪質な例も報じられるため、「ずるい人が楽をしている」という印象が広がりがちです。しかし、不正受給は明確に違法行為であり、発覚すれば返還命令や処罰の対象となります。大
半の受給者は制度の範囲内で必要最小限の支援を受けて生活しており、決して「楽をして贅沢をしている」わけではありません。むしろ生活保護世帯は収入に応じて住民税や所得税が非課税となり、年金保険料も免除になるとはいえ、最低限の生活費しか手元に残らないため自由に使えるお金はごく限られます。
その中で、子育てと生計をやりくりするのは決して楽な暮らしではないのです。
母子家庭が生活保護を受給するメリット
経済的に苦しい母子家庭にとって、生活保護を受給することにはどのような**利点(メリット)**があるのでしょうか。ここでは母子家庭が生活保護を利用する主なメリットを3つ紹介します。
メリット1: 最低限の生活費と医療が保障され、生活の不安が軽減する
生活保護を利用する最大のメリットは、国が定めた最低限度の生活費が保障されるため、生活基盤が安定することです。毎月決まった生活扶助費が支給されることで食費や光熱費を賄うことができ、家賃も住宅扶助でカバーされます。
さらに医療扶助により病院にかかっても自己負担がゼロになるため、子どもの医療費含めて心配がありません。実際に生活保護を受給しているシングルマザーからも「医療費や税金の負担がなくなり、困窮していた生活が少し楽になった」という声が聞かれます。
このように、日常の必要最低限の費用が足りなくなる心配をしなくて済む点は大きな安心材料です。収入面での安心が得られると、精神的な余裕も生まれます。生活費の工面に追われる不安が和らぐことで、「明日どうやって生き延びるか」ではなく将来に向けて計画を立てることに意識を向けられるようになります。
メリット2: 育児や治療に専念する時間が確保でき、自立への準備ができる
生活保護を受けることで得られる時間的・精神的な余裕も見逃せないメリットです。経済的に追い詰められている状況では、休む間もなく働かなければならず、子どもに十分な世話や教育をしてあげられないケースもあります。
生活保護で生計が立つようになれば、例えば小さい子どもがいる間は育児に専念する時間を確保できますし、母親自身が病気の場合には治療に集中することも可能です。こうした余裕が生まれることで、心身の回復やスキル習得など自立に向けたステップを踏むゆとりも出てきます。
実際、生活保護を利用したことにより「少しずつ働く時間を増やして収入を確保し、そのうち生活保護なしでも生活できるようになった」というケースは少なくありません。生活保護制度には「自立を助長する」という目的もあり、各自治体では就労支援や職業訓練の案内など受給者の自立を後押しする取り組みも行われています。
メリット3: 教育扶助などにより子どもの育児・教育環境を維持できる
母子家庭にとって子どもの健やかな成長は何より大切ですが、経済的困窮は子どもの教育機会にも影響しかねません。生活保護には教育扶助という制度があり、義務教育に必要な学用品費や給食費、修学旅行費などが所定の基準額まで支給されます。高校進学時には生業扶助として高等学校就学費(授業料や教科書代の補助)が受け取れる場合もあります。
これによって、生活保護を受けていても子どもが学校で必要なものを揃えられないという事態を防ぎ、教育環境の確保が可能になります。
また、自治体によっては生活保護世帯の子ども向けに塾代や学習支援を補助する制度、就学援助(学校で必要な費用の支援)なども利用できる場合があります。医療費についても18歳未満の子どもであれば医療扶助により無料で診療が受けられます。
つまり、生活保護を受給することで子どもの健康管理や教育に必要な支出が手当てされるため、貧困によって子どもの成長が妨げられるリスクを減らせるのです。母子家庭の親にとって、子どもに十分な教育やケアを提供できることは大きな安心であり、これも生活保護受給の重要なメリットと言えるでしょう。
母子家庭が生活保護を受給するデメリット
一方で、母子家庭が生活保護を受けることで生じる不都合や制約も存在します。制度上や生活上の制限によって、保護を受けない世帯に比べて不自由が出てくることもあります。ここでは母子家庭が生活保護を利用する際に直面しやすい3つのデメリットを説明します。
デメリット1: 原則として資産や自動車を所有できず、大きな貯蓄も許されない
生活保護を受給すると、一定額以上の預貯金や高価な資産を持つことは認められません。具体的には、自動車や持ち家など価値のある資産の所有は原則禁止となり、預貯金についても日常生活に必要なわずかな金額以上は保有できない決まりです。
たとえ、子どもの将来の学費のためであっても多額の貯金はできず、臨時収入があればその分保護費は減額・停止されます。「車を処分しないと生活保護を受けられない」という点は地方在住の母子家庭にとって特に大きなハンデとなります。
公共交通機関の少ない地域では車がないと買い物や通院にも困りますが、仕事や通勤に不可欠など特別な事情がない限り車の保有は許可されません。このような資産保有の制限により、生活保護受給中は将来に向けた蓄えを作ることが難しくなります。例えば子どもの進学資金を長年コツコツ貯める、といったことが事実上できなくなってしまいます。
デメリット2: ぜいたくな出費ができず、住める住居にも上限がある
生活保護世帯には生活水準に関する様々な制約があります。支給される扶助費はあくまで「最低限度の生活」を営むためのものなので、娯楽や趣味など贅沢品に充てるゆとりはほとんどありません。
例えば、子どもを遊園地に連れて行く、家族で旅行に行くといった余裕は捻出しにくく、受給者の母親から「子どもに我慢させて申し訳ないが、なかなか遊びに連れて行ってあげられない」という声も聞かれます。保護費の範囲内で生活する以上、一般家庭よりも娯楽や交際費を切り詰めた質素な暮らしを強いられることになります。

また、住居に関する制約もあります。住宅扶助には地域ごとに家賃の上限が定められており、その範囲で借りられる物件でないと長期的には住み続けられません。上限を超える家賃の物件に住んでいる場合、生活保護申請時に原則としてより安い物件への転居を求められます。
そのため、受給決定後に引っ越しを余儀なくされるケースもあります。さらに、民間の賃貸住宅では「生活保護受給者お断り」という大家や不動産会社も依然存在し、賃貸物件を探すこと自体が難しいデメリットも指摘されています。
デメリット3: 周囲からの偏見や心理的な負担を感じやすい
生活保護に対する世間の目は依然として厳しく、受給している母子家庭本人が心理的な負担を抱える場合もあります。前述のような「働かずにもらってずるい」という偏見が根強いため、受給していることを周囲に知られたくないと感じる人も多いです。
実際、「生活保護を受けていると後ろめたい」「肩身が狭い」といった声が当事者から聞かれます。また、生活保護の申請過程では親族に援助できないか問い合わせ(扶養照会)が行われるため、それが心苦しいという人もいます。とりわけ、両親や兄弟に知られたくない事情がある場合、この扶養照会のプロセス自体が負担となるでしょう。
加えて、将来への不安もデメリットの一つです。例えば子どもが18歳を超えて独立すれば母子加算や児童養育加算はなくなり、世帯構成が変われば保護基準も下がります。母親自身も年齢が上がるほど就労による自立が難しくなるおそれがあります。
まとめ:自立を支える仕組みになるのか?
生活保護は母子家庭の自立を支える重要な仕組みになり得ます。経済的・精神的な支えがなければ立ち行かない状況から、母子が安心して暮らせる基盤を作り、自立への準備期間を与えてくれるからです。
ただし、それが「自立の妨げ」にならないよう、制度を利用する母親自身も将来的な働く意欲や計画を持つことが望まれます。
また、周囲の人々も生活保護に対する偏見を改め、困っている母子家庭を社会全体で支える視点を持つことが大切です。生活保護は決してズルでも甘えでもなく、母子家庭が再び自立して社会で活躍するための足がかりとなる制度なのです。
参考資料:
- 厚生労働省「令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果の概要」cfa.go.jpcfa.go.jp
- 厚生労働省「生活保護の被保護者調査」(令和5年度)limo.media
- 朝日新聞社「離婚のカタチ」編集部, 岡島賢太(弁護士)「母子家庭の生活保護はいくらもらえる? 条件や申請方法をわかりやすく解説」rikon.asahi.comrikon.asahi.comほか
- 生活保護総合支援サイト「ほごナビ」監修記事「『働けるのに働きたくない』生活保護受給できる? 働かない方が得?」hogoland.net
- シングルマザー支援メディア記事「母子家庭はずるいと言われるけど本当?公的データを見てわかること」money-and-law.com
- ファイナンシャルプランナー西田順子氏「月21.6万円の生活保護を受給する31歳シングルマザー『現状から抜け出せない』理由」gentosha-go.comgentosha-go.comほか
コメント